『チャーシュー作りから学ぶ』効率的な学習方法の振り返り

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Posted on 2018/4/28 by Kentaro

『チャーシュー作りから学ぶ』効率的な学習方法の振り返り

自家製チャーシュー作りは工程が多くて大変ですが、その工程からノウハウを得て他の料理に応用できるようにしてしまえば、おいしく学べる効率的な学びの場に変身してくれます。今回はこの料理を例えに、技術の習熟をするうえで大切だと感じていることなどを記事にしてみたいと思います。

(※写真のチャーシューは私が作ったヤツです)

もともと料理は嫌いじゃなくて、なにかと機会があれば自炊をしていたんですよね。
でもITな人が『自炊』って単語を言うと、書籍をスキャナで取り込んで電子化するほうの自炊を指してるように聞こえますね。私だけでしょうか?

料理が趣味から日課に変わってから、必然的にあれやこれやと様々なものを作るようになりました。
中でも好きなのがチャーシュー作りで、手間はかかるけど見合ったおいしさになるので気に入ってますよ。
その手間というのが結構ばかにならなくて、まず塩まぶして寝かせて、タコ糸で縛って胡椒ふって、それから一旦フライパンで焼いてから鍋で煮て、それからタレに漬け込んで寝かせて、味が染みたらハチミツ塗ってオーブンで焼いて…ぶっちゃけ出来合いを買ったほうがずっと楽です!

でも、そのスーパー面倒臭いチャーシュー作りの工程から学ぶものは多くて、学んだおかげで他の料理までおいしくなる…ひいては料理だけでなく、仕事など技術の習熟が必要なものを効率良く学んでいくメソッドを意識させてくれるんです。チャーシューってスゴイですね。
と、さすがに誇張しすぎましたが、要するに例えば自家製チャーシュー作りのような工程を『学ぶ』ことに意識をおいて行うことで、他の事にも応用ができるノウハウを習得し、限られた時間で効率良く技術を習熟させていこうよってお話をしてみようと思います。

レシピから『手順』ではなく『仕組み』を学びたい

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料理はまだまだ勉強中なのでレシピを見ながらしていますが、クックパッドを見ることは殆どないんですよね。
普段参考にしているのは、有名醤油メーカーや調味料メーカーのサイトで紹介されてるレシピです。著名な料理家さんが監修されているので信頼性が高いというのもありますが、◯◯◯のために△△△をしましょうといった、その手順の必要性や目的・効果を説明してくれていることが多いのがポイントですね。

シンプルに手順だけを掲載しているページもわかりやすくて良いんですが、いかんせん他の料理に応用が利きません。
例えば『AのためにBをする』ということが学べれば、『今回はAの必要がないから、Bはしなくてもいいな』という判断ができます。また『BをすればAになる』ことに気づくので、別のタイミングで『この料理をAにしたいから、Bをするといいな』という応用まで出来るようになります。
このような『方法と効果のノウハウ』を蓄積していくのがすごく大切だと思うんですよ。

一万時間のうち2000時間だけを抽出したい

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『一万時間の法則』なんていうものがありますね。マルコム・グラッドウェルという人が提唱した説らしいんですが、要するに『プロになるには一万時間は訓練が必要だよ』と言ってるようです。著書を読んでいないのでなんとも言えませんが、さすがに一万時間も訓練すればそれなりに人に示すことができる腕にはなるでしょう、くらいに捉えていますが。
仕事の習熟で考えてみると、毎日8時間行って週に40時間、一年を52週間として年間約2000時間、5年も続ければ一万時間に到達する計算ですね。とはいえ技術の習熟が必要な知的生産分野などでは、仕事が8時間で終わるなんていうことは滅多に無いと(個人的には)思うので、だいたい3〜4年で達してしまうんではないでしょうか?
『石の上にも三年』ということわざが思い浮かびます。座り心地の良いわけが無い石の上でも、三年座り続ければ慣れて問題なくなるという話の例えで、どんなことでも3年続ければ慣れる(習熟すると捉えても良いと思います)という事ですが、言ってることはだいたい一万時間の法則と同じじゃないかと思うんです。

なんて事を考えながら、制作の仕事をはじめて4年目に入ったとき(=一万時間に達した時)に振り返ってみたんですね。己の体験した一万時間はどうだったかな、プロとして恥ずかしくない腕になったかな、何を学んだかな、等々。
そこで自分なりの答えが『一万時間のうち、実になったのはだいたい2000時間くらいだな』だったんですよ。
ここでパレードの法則を出すとか姑息なことをしてますが、実際それくらいに感じたんですね。全ての時間に有益な学びや経験があったワケでもなく、既に経験して学んだことの繰り返しや、また何も学ぶことのなかった時間などを差っ引いていくと、習熟として効果のあった時間は2割くらいだったなぁって思ったんです。
その有益だった2割は、何らかしらの学びがあった時間ですね。そのものの仕組みを理解して、思うような結果へ繋げることが可能になった体験といえばいいんでしょうか。失敗体験も勿論有益です、こうすればエラーになるという仕組みを学べば、危機の事前回避に繋がりますので。
そして『次の一万時間は、全部この有益だった2000時間と同じものにしたい』なんて思いましたね。

得るもの・学ぶものを意識したオペレーション

先に振り返った時点で、どういう時間が有益で、またどういう時間が有益ではなかったのかは、私なりに把握できたように思っています。
ものの仕組みの理解を深めるということが重要だと思うんですよね。AのためにBをする、また逆にBをすればAになるという仕組みを理解し、ノウハウとして頭の中に置いておけば、その仕組みの知識が別のシーンで役に立ってくれます。

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これは(特に日本人にとっては)ある種の意識改革が必要なのかもしれませんよ。学校教育、少なくとも私が経験してきた学校の教育では、主にオペレーション訓練…定められた手順と違わぬ行為をこなす事が殆どだったように思います。理由や目的・効果や手段の応用などを教わる事は少なく、乱暴に言えば『言われたことをその通り行うのが良い子、それ以外は悪い子』のような教え方は決して少なくなかったんではないでしょうか?

言われた事を行うということは必ず『言う側』の立場が存在しますが、今まで言われた事を行う事のみに意識を集中してきた者が管理職となり『言う側』になったとき、何を最良として指示を出すかの判断力は果たして得られているのでしょうか。(そして、判断力が良いとはいえない管理者の指示を、オペレーション側がその通りに行った結果の悲劇は、決して珍しい話ではないように思います)
なにより、オペレーションは機械のほうが優秀であり、今までも&これからも機械に取って代わられていくことに変わりはないと感じています。

重要なのは、たとえオペレーション作業でも、ものの仕組みの体験場としてノウハウを蓄積し、これを利用して別の場面でより良い結果を導くために応用させていくことではなかろうか?って考えているんです。
器用な人…って言うと軽く聞こえますが、ある一つのことに習熟して良い結果に達した人は、それ以外のことを始めても習熟が早く良い結果を出すように感じるんですが、これは(経験からか生まれつきか)習熟のポイントになる部分を抑えているからではないか?なんてふうにも思っています。

自家製チャーシュー作りひとつからでも、仕組みを学ぶポイントはいくつもあるんですよね。

  • 事前に焼くことで、メイラード反応を起こして旨味をプラスする。脂分をマイナスする。
  • 酒を入れて茹でることで、肉を柔らかくする。生姜で風味をプラス、臭みをマイナスする。
  • 茹で上がった後に胡椒を振りオーブンで焼くことで、香ばしい風味をプラス。茹でる前に振るより香りが増す。

何も考えずただレシピ通りに作っただけでは、得られるものはおいしいチャーシューだけですが、これら『AのためにBをする』知識まで吸収する事を意識して行えば、その後に作る料理までおいしくなってくれます(しかも永続的に)。文字通りおいしいチャンスで、逃す手はないって思うんですよ。

チャーシューから随分話を飛躍させてしまいましたが、こんなカンジで『オペレーション作業から、他のものに応用ができる物事の仕組みを学びとっていく』ってスタイルは大切だし重要なんじゃないかって思ってます。講習もセミナーもお金と時間がかかりますから、普段の生活の中に学び場を作ってしまうのは絶対オトクだって思うんですよ。

Thank you for reading! 読んでくれてありがとう!