私がフリーランスを始めて大きく変わったこと

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Posted on 2015/11/29 by Kentaro

私がフリーランスを始めて大きく変わったこと

会社員からフリーランスになって大きく変わったことは沢山ありますが、私の場合特に変わったのは『お金の使い方に対する意識』と『家族のために使える時間』で、何を大切にすべきか?という意識が大きく変わったんです。他の記事でもよく語られているような内容は省略して、要点をここに絞って書いてみようと思います。

『一度何かに夢中になるとサルのようにのめりこみ続ける、おまえはそんなヤツだ』

友人にそう言われた事があるんですが、まったくその通りの性格してると思うですね。いろいろと制作に夢中になっていて、こっちの記事更新を1年近くもスッとばしてました。なんということでしょう!
幸いまだリピーターもいませんし、自分の宣伝行為なので後回しでいいか〜あの人の仕事を先にやってあげようっていうのが10ヶ月も続いたので、いいかげん何か書かないと…という非常にグダグダな理由になるんですが、近頃の話題として『フリーランスを始めて変わったこと』なんて話を書いてみようかと。

とはいえ、専門学校卒業後からフリーで音楽の仕事をしてた経験があるので、フリーランスとはどういうものかっていうのがある程度は実感でわかっていたんですよね。もちろん二十代前半と三十路後半では見える景色が全然違うので、実感が全く同じかというと全然違うんですが…。

見積・請求書・税金・経費・確定申告etc…

最初は、自分で見積を作ったり請求書を作るのが大変でしたね。
制作物の提案から納品までは会社員時代にやっていたので問題無かったんですが、この『お金で価値を付ける』『報酬を請求する』という行為が、制作上がりの私にとっては初体験で衝撃でしたよね。
会社に雇われている身なら、例えば難易度が高く高価な制作物を作らされても、また逆に簡単で安い制作物を作らされても、貰える月収は基本的には変わりませんし。何をいくらで売ってるのかは営業さん次第ですし、25日になったら自然と銀行口座にお金が振り込まれてくれます。(全然自然な事じゃあないんだけど、その時は自然にって感じてしまいますねぇ…)

保険料や税金・経費・確定申告等々も、会社員時代はこの辺一通りを会社がやってくれていたので、本当に楽だった…と今になってそう思えますね。
保険料やもろもろ税金を全て自分で支払うようになり、正直本当に『めんどくさい!!』の一言ですよ。今まで支払う習慣が無かったので忘れてしまい、未納の督促状が届いてからあわてて数ヶ月分をまとめて支払ったり。申し訳ないったらありゃしません(>人<;

と、このあたりは会社員から独立された方なら同じような事を言ってる人も多いと思うので、あんまり面白い話じゃないですよね。

一番大きく変わったのは『お金の使い方』への意識

一番大きく変わったのは『お金の使い方』への意識

自分にとって一番大きく変わったのは、お金の使い方への意識だったんですよ。
仕事をこなして得たお金を、どのように利用して価値に変えていくか。今はこの意識がすごく強いんです。

会社員時代は毎月の収入が変わらず一定額でしたので、今月入ってくるお金で何をしようか?特に使い道が無ければ貯めておき、貯金に余裕ができたから、せっかくの連休だし旅行でも行こう。新型PCに買い換えとこう、この本読んでおきたいから買っておこう…
こんな意識でお金を使ってたんですね。この範囲なら使っても大丈夫、この中で何をしようか?という考え方がメインだったように思います。毎月一定額のお金が必ず入ってくるという安定感と余裕があったからこそ、こういう考え方に至ったんじゃないか…という気もするんですが。

フリーを始めたばかりの今は当然、安定感なんてあったもんじゃありませんので。
次はいつ入ってくるか、いくら入ってくるか定まらない、有限かつ不安定なお金なんだなこれは。貴重な資源なので、最大限有効に使おう。そのためには、何に対してどう使うといいだろう?この部分は必須だな、ここはあれば便利程度だな、ここは必須じゃないけど疎かにしたら後で大変だな…
こんな具合に判断したうえで『行為に対して資源を投資する』という考え方がとても強くなったように思うんですね。『使っても大丈夫』から『お金を別の価値に交換する』に意識が変わったカンジでしょうか。

う〜ん…なんか、お金を投資するとか価値に変えるとか、ビジネス本や成功本で見飽きるほど出てくる単語に行き着いてますね。文面からかじるのと実体感するのとでは、かなり感覚が違うんですけどね。

価値を作っていくという意識が、制作物以外にも広がってきている。こんな気もするんです。
価値を生み出す制作物を作るのがクリエイターの役目だろっていう持論もあるんですが、これはどこでどんな働きをして、どんな役に立って、どんな価値を生み出すの?っていう判断をしながら制作してるんですね。その意識が制作以外の行為、特にお金を使う時に意識されるようになったというか。

家族のために使える時間が増えた

家族といっても両親や兄弟なんですけどね、独身ですから。

母がもう八十近いんですよ。(私は母が四十過ぎてから生まれた子なので)
既に腰のひんまがったおばあちゃんになってしまい、近所へ買い物に行くにも必死な様子で。年に2回の墓参りも、私が車を出せなければ中止になる始末。数少ない家族親戚の集いも、私の会社のスケジュール次第で中止にさせてしまうというのが、もうふざけんなってカンジだったんですね。
いまやフリーになって日中の時間を調整できるようになってからは、代わりの買い物へ行く事も出来るし、何か集いとなれば車を出して運転してやれるようになったので、この点は何よりも満足してますね。

制作の界隈でたまに見かける光景として、人生の全てを制作にかけろ的なことを推奨するような場所もありますけど、私はそれに反対なんです。家族や友人など、人を大事にできずに何が作れるか、てめえの作るものは誰のためのものだって考えを持ってるので。
人を大切にできるメンタルを土壌にして、人の役にたつ価値あるものを生み出していく。この意識を失ってしまったら、言葉巧みに人をだまくらかす詐欺商品となんも変わらなくなっちまいますよ。

そしてお坊さんから学んだこと

そんな折、親族の四十九日へ出た際にお坊さんが言ってた事が印象的だったんですよ。

一番大きく変わったのは『お金の使い方』への意識

お墓参りというのはね、お墓を掃除したり、線香を焚くことが目的じゃないんですからね。
お墓参りを通じてね、故人を思う、人を思う、人を大切に思う心を養うのが目的なんですからね。
今は墓掃除のバイトなんてありますね。あんなの意味ないですよ?なんの気持ちも養えませんから。
スマホに何百人も友達登録してる人がいますね。そのうちの一体何人を大事にできてますか?

人を大切に思うのは自分のためなんですよ?
あなただったら、自分のことを大切にしてくれない人に対してどう思いますか?
その人に優しく親切にできますか?
自分のために、人を大切に思う心を養ってください。

要約ですが、こういう内容でした。
クリエイター的に、人を大切にする=人を幸せにする=人に価値を提供する、って訳したいんですけどね。私の体験では、どの現場でも(仕事以外のグループでも)中心になるのは人を大切にできる人で、人に何らかしらの幸せ・価値を提供できる人物でしたね。そういう人のおかげで、自分も甲斐性のある人間にならなくてはという考え方ができるようになったと感じてたりします。

若干話題がズレた感もありますが、
『フリーをはじめた』『お金の意識が変わった』『家族との時間が増えた』『人を大切にする重要さを実感』という流れですね。
フリーになって変わった事はこの他にも沢山ありますし、まだ意識してない部分で変わっている事も後から気づくんでしょうね。しかし己で己のハンドルを握る行為は奥深く、とうてい今語れるもんじゃあないよなぁと感じながら書いていますが、やっぱり無理がありますね…とほほ。

Thank you for reading! 読んでくれてありがとう!